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水滸巡礼~108の足跡~王英(おうえい) 第12回

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女剣士に一目惚れ

夫婦で戦場を駆け巡る

 

王英は、清風山なる山塞で暮らす山賊の一員。

槍の腕は立つが、相当な女好きで知られ、

身長は5尺(約160㌢)にも満たず、丸い顔に鋭い眼つきという風貌に加え、

ことさら、足が短いことから、「矮脚虎(わいきゃくこ)」と呼ばれていた。

 

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京杭大運河は北京から杭州までを結ぶ。

総延長2500km。

隋王朝の文帝と煬帝が整備し、610年に完成

 

ある日、流刑に処された宋江を助け、仲間とともに梁山泊に加わった王英。

入山後、最初の戦となった、祝家荘の戦いに参戦したが、

敵軍から、勇猛さと美貌で名を馳せた女剣士、扈三娘(こさんじょう)が現れると、

相手が女と知った王英は、我先にと一騎打ちを挑んだ。

しかし、あろうことか、王英は勝負の最中に欲情してしまい、

槍さばきが乱れ落馬。

彼は捕虜となってしまったが、後に梁山泊が戦に勝利し、解放された。

そして、扈三娘が投降し、仲間に加わることに。

宋江は、王英のことを思い、彼と扈三娘を結ばせた。

 

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淮安市盱眙県に位置する鉄山寺。

後漢時代末期、漢族最初の僧侶である厳仏調が建立した

 

その後は、夫婦揃って戦場に立った2人。

王英も彼女一筋で、かつての女へのだらしなさは収まったかに思われた。

しかし、田虎(でんこ)の戦いで、

作中屈指の美女とされる将軍、瓊英(けいえい)と戦い、

以前の悪癖が再燃して敗北。

最後まで、美女を前にすると、闘志が削がれてしまう王英であった。

 

王英が育った江蘇省淮安市。

かつては両淮と呼ばれた地域の一部で、

漢代の名軍人、韓信(かんしん)や『西遊記』の著者とされる、

呉承恩(ごしょうおん)の出身地として名高い。

また、淡水魚料理などに代表される、淮揚菜の本場としても知られる。

京杭大運河が流れる、風光明媚な同地に足を踏み入れれば、

梁山泊の義に、女性への情に、この地を奔走していた王英の姿が浮かんでくる。

 

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~広東ジャピオン2014年4月14日号

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