水滸巡礼~108の足跡~施恩(しおん) 第21回

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310 水滸巡礼 人物

 

交易所を仕切る若番頭

最後まで武松に恩を施す

 

施恩は、河南省孟州市の牢役人の息子。

父の威を借り、100人近くの囚人を使い、

20代半ばにして交易所「快活林」を取り仕切っていた。

生まれつき目が金色で、

武芸の腕も立つことから「金眼彪」と呼ばれた。

 

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沙家浜は陽澄湖風景区に位置する。

夏はハス、秋はアシなど四季折々の景色が楽しめる場所として有名。

 

ある日、施恩の快活林に、1人の大男が現れた。

その名を蒋門神(しょうもんしん)といい、

地元の武術大会で優勝するほどの怪力の持ち主で、

快活林を乗っ取りに来たのだった。

施恩は戦って抵抗したが、まるで歯が立たず、

散々に打ちのめされ、満身創痍となる。

ようやく快復し、歩けるようになったある日、

施恩のもとに、虎退治で有名になった武松が囚人として送り込まれてくる。

施恩は、彼がかの有名な武松と知り、

自分に代わって蒋門神に仕返しをしてもらおうと、

父に頼んで刑罰を免除した。

事情を知った武松は蒋門神への報復を引き受ける。

 

決戦の日、武松は酒に酔っていたが、

蒋門神を難なく打ち倒し、快活林は再び施恩の手に戻った。

施恩は武松の強さに感激し、手厚くもてなした。

 

その後、武松が孟州市を出ることになった。

施恩は武松を送り出した後で、

頼れる者はやはり彼以外にいないと、彼を追いかける。

やがて2人は、魯智深のいる二龍山に辿り着き、独自の組織を築く。

二龍山は徐々に勢力を拡大し、最後には梁山泊に加わるのだった。

 

310 水滸 横

興福寺。

鎮江市の金山寺、常州市の天寧寺などと並び、

江南四大名刹の1つに数えられる。

 

施恩が死没した常熟市。

江蘇省南東部に位置する同市は、

南北朝時代から、農作物豊かで、

自然の恩恵を受けた、肥沃な土地として知られた。

今日も、陽澄湖の大閘蟹や桂花栗子など、

多くの名産を産出するこの地で施恩は、

武松に、梁山泊に、最後まで〝恩〟を施した。

 

310水滸巡礼 地図

 

~広東ジャピオン2014年6月23日号

 

 

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