鍬を武器にする多才な亀
難攻不落の要塞を建造
陶宗旺はかつて、
故郷の光州(現河南省潢川県)で農業を営んでいた。
家業が行き詰まり、諸国を放浪していたところ、
黄門山なる山に迷い込み、山賊の一味になった。
槍や刀も使えたが、幼い頃から農業に携わっていたため、
鍬を武器として自在に操った。
武術のほか、土木に関する知識経験が豊富で、
その多芸多才を、9つの尾を持つ伝説の神亀にたとえ、
「九尾亀(きゅうびき)」と呼ばれた。
潢川県の西部に位置する古代遺跡、黄国故城。
総面積は約1万3000㎡とされ、
青銅器や武器が出土している
ある日、陶宗旺は、
山賊の長、欧鵬(おうほう)と山を監視していたところ、
宋江一行が通るのを見かける。
天下に名高い梁山泊の首領に会いたくなり、
彼を山に招待して盛大にもてなした。
宋江も彼らの実力を買い、梁山泊への仲間入りを打診。
しかし、彼らが加入した直後に宋江が捕縛され、
陶宗旺らはすぐに出陣、宋江を無事に救出した。
この件で評価された欧鵬は、騎馬軍主力に配属。
一方、陶宗旺は前歴を買われ、
梁山泊の道路建設、水路の整備、農耕の任を命ぜられる。
山塞の規模が拡大していくに従い、
城郭の砦や柵、石垣の建築など、
建設業務全般の総監督を担うようになり、
城郭をさらに堅牢なものにしていった。
後に難攻不落と言われた梁山泊は、
陶宗旺なしには築けなかったであろう。
春申君陵園は、春秋・戦国時代の政治家、
春申君(しゅんしんくん)の墓と言われ、
毎年多くの人が訪れる
陶宗旺が生まれた河南省潢川県。
この地は、春秋・戦国時代、
現在の上海及び付近一帯を支配していた、
春申君の故郷としても知られる。
かつて黄国と呼ばれた潢川県には、
黄国故城など、その規模の大きさを物語る遺跡が残る。
今日、全国有数の農業地となった潢川県。
その土地は、陶宗旺がかつて耕したものだったかもしれない。
~広東ジャピオン2014年7月21日号